「治験バイトで死亡」は本当?プロが実例を分かりやすく解説

2019年にエーザイのE2082の治験で成人男性が治験薬投与後に死亡したというショッキングなニュースが流れました。

各SNSでも「治験バイトで死亡とかヤバくない!?」というコメントが溢れ、治験に対して怖いと思われた方もいらっしゃったのではないでしょうか。
※治験は正確には「アルバイト」ではなく「ボランティア」です。

今回はエーザイの治験で一体何が起きていたのかを分かりやすく解説していきます。

この記事で分かること
エーザイのE2082の治験で何が起きていたか
治験での死亡事故の頻度
治験参加時に心得ておきたいこと
のりすのりす

製薬メーカーで治験のデザインを担当することもある私が何が起こったのかを分かりやすく解説していくよ!

エーザイの治験E2082で成人男性が治験薬投与後に死亡

2019年6月25日に、大手製薬メーカーのエーザイが開発していた抗てんかん薬の治験(E2082)で治験薬投与後に被験者が死亡するという出来事が起きました。

今回の事件の大まかな概要は以下の通りになります。

エーザイの治験E2082で起きた出来事の概要
死亡した被験者は20代の男性。
治験薬を服用終了後2日目に幻聴や幻視が現れ、5日目に異常行動(電柱からの飛び降り)を起こし、脳挫滅で死亡。
死亡発生から7日後の2019年7月3日にエーザイが独立行政法人医薬品医療機器総合機構(以下、当局)に死亡について報告。
2019年8月22日に治験実施医療機関(墨田病院)へ、2019年9月3日にエーザイに当局が立入検査を行った。
調査の結果、時間的経過から考え、異常行動と治験薬との因果関係は否定されないものの、製薬会社側にも医療機関側にも重大な過失は無かったとの結論となった。

このニュースが報道された時は、正直私もかなりビックリしました。

恐らくの私以外の製薬メーカーの開発職の方々も驚かれた方は多いのではないかと思います。

なんせ、今回のような健康成人を対象にした第I相の治験での死亡報告は世界的に見ても極めて稀なのですから。。

詳細が読みたい方は、PMDAによる調査結果報告書を読んでみて下さいね。

被験者が参加していた治験

被験者の20代男性が参加していた治験は、健康成人を対象とする第I相の治験でした。

ファースト・イン・ヒューマン試験とは

治験は、一般的に健康成人を対象にした第I相試験から始まり、第II相、第III相では患者を対象に治験薬が投与されます。

つまり、今回の治験は治験の中でも最も初期段階(ファースト・イン・ヒューマンの試験)のものでした。

治験薬「E2082」は安全なものだったのか?

今回の治験薬「E2082」と同じ作用機序の薬としてペランパネル水和物(以下、「ペランパネル」)が既に日本で承認されていました。

今回の治験薬「E2082」は、既に承認されているペランパネルと同程度の有効性(てんかん発作抑制効果)があり、副作用(過剰な運動障害や鎮静状態)が抑制されるとして医薬品開発が進んでいたのですね。

そしてペランパネルは、精神神経系の副作用(浮動性めまい、傾眠等)、易刺激性、攻撃性・敵意、自殺企図等が注意喚起されていましたので、E2082でもその辺りは想定しての治験デザインが組まれていたようです。

また、治験が実施されていた時点では、動物実験等においても大きな懸念点が無かったことから、“危険な状態で治験をやっていた”ということではなかったことが分かります。

被験者は治験中の不調について全てを申告していなかった

治験に参加している入院期間中に発生した「眠気」、「浮動性めまい」、「悪心」については被験者より訴えがありましたが、「幻聴」、「幻視」については、治験中に訴えがありませんでした(治験終了後、退院。その後、約4時間後に再来院をして症状を訴えている)。

本人は、入院期間中に症状を申告していなかった理由について、「病院では様々な音が不快で、早く家に帰りたかったため、入院期間中には症状を訴えなかった」と説明をしていたとのことです。

治験は有効性と安全性を確かめるために行うものであり、予期せぬ副作用が出た時には迅速に適切な処置を行う必要があります。

もし本記事を見ている方が治験に参加される時は、不調が起きたら無理をせずに直ぐに先生やCRC(治験コーディネーター)さんに伝えることを心掛けておくことが重要です。

また治験は、試験の途中でも「辞めたい」と思えばいつでも辞める権利があることも忘れないで下さい!

治験の世界では、被験者さんが「辞めたい」と言っているのに辞めさせないのは絶対にタブーですので、我慢する必要なんて無いのですよ!

一方で、治験をデザインする側の人間は、不調が起きたら直ぐに言ってもらうことの重要性や言い出しやすい環境作りについて改めて考える必要があるなと感じました。

その他、治験に参加する際にお渡しする同意説明文書にもしっかりと考え得るリスクについて漏れが無いか等、改めて慎重に確認するなど、今回の件から学ぶことが多くありました。

被験者の手記

被験者の死亡後に被験者の自宅から治験参加時の手記が見つかっています。

手記は、幻覚、幻視が発現してから2日後の夜~3日後の朝までに記されたもの、つまり死亡する直前に書かれていました。

○治験薬の投与を受けるまではうつになったこともなく、精神症状はなかった。
○聞いたことのある音が脳内で複数重なり合う幻聴がある。
○他の形が漫画の一場面や絵画、キャラクターのロゴ等様々に見える。
○夜が来ても眠れない。体が眠っても意識が起きている感覚がある。
○次々と考えが浮かび上がり、思考が瞬時に入れ替わるなど頭が極めて冴える感覚がある。
○一方自分は支離滅裂であり、壊れている感覚がある。
○自分が障害者になってしまったと感じる。
○自分がなくなる恐怖がある。殺してほしい。
○この状態なら自殺する。

幻視、幻聴は治験薬の投与が終わってから2日後から生じていたので、離脱症状が強く出ていたものと思われます。

今回の件についての機構の見解

この治験では、類薬で精神神経系の副作用があったことから、治験薬を飲む前に自殺念慮評価(C-SSRS)や気分状態のプロファイル(POMS)の確認が規定されていました。

その結果、リスクが認められなかったため服用されたわけですが、治験薬を飲んでからの時間的経過や類薬のペランパネルで精神神経系の副作用が注意喚起されていることから、治験薬との因果関係は否定できないと結論付けられています。

また、被験者への治験の説明方法や専門医を組み入れることなどの改善の余地はあるものの、治験実施医療機関(墨田病院)と製薬メーカー(エーザイ)に重大な過失があったとはされませんでした。

今回の件についての第三者的な見解

今回の件について、製薬メーカーで治験関連の仕事をしている立場から思ったこともあります。

まず、今回の治験薬「E2082」と同じ作用機序の薬であるペランパネルでは、精神神経系の副作用(浮動性めまい、傾眠等)、易刺激性、攻撃性・敵意、自殺企図等が注意喚起されていたので、これらについては同意説明文書にしっかりと明記をして被験者にも十分に説明する必要があったのではないかと思います。

中枢神経系の薬剤において一般的に自殺念慮のリスクがあることについて、口頭で説明をしたとされていたとのことですが、生死に関わる重大な情報ですので、口頭ではなく同意説明文書に記載するべきだったと考えています。

また今回は、被験者が幻視と幻聴の症状を訴えに再診察を受けましたが、この時に被験者は心療内科の受診(被験者の心理的抵抗を考慮して精神科ではなく心療内科を勧めたとのこと)を拒否しています。

精神科の入院制度として、患者本人の代わりに家族等が患者本人の入院に同意する場合、精神保健指定医の診察により、医療保護入院とすることができますので、家族からの同意を得ておくことも必要だったかもしれません。

私個人としては、業界としてどの程度のラインの場合に精神保健指定医や精神科専門医が必要となるのかの基準などを示して共有することも良いのではないかと考えています。

その他、墨田病院の方とはお仕事でお話しすることがありますが、スタッフの方の知識も非常に豊富で試験のデザインも詳しく、私の印象としてはとても良いです。

エーザイ以外の治験で健康成人が死亡した事例はあるのか?

エーザイ以外の治験で健康成人死亡した事例はあるのか?

世界的に見ても、治験薬との因果関係があった健康成人対象の治験の死亡事件は、2006年にイギリスで起きたTG1412事件と2016年にフランスで起きたレンヌ事件の2件のみですので、極めて稀です。

エーザイの治験での死亡案件があってから3年程経過する現在も、日本では健康成人を対象とした治験での死亡事例については報告されていません。

治験に参加を考えようとしていた方で、もしかすると驚かれてしまった方がいるかもしれませんが、過度に心配し過ぎなくても大丈夫です。

治験に参加をして何か不調があった時にはしっかりと医師やCRC(治験コーディネーター)に伝えていただくことと、治験で規定されているルールをしっかりと守ってもらうことで事故が起こる確率は限りなく下がることができます。

時々ネット上でも見かける“治験バイトで稼ぐために重複で登録する!”みたいなことも絶対に危険ですので、止めて下さいね!

治験で副作用が起きたときに補償される条件

治験で副作用が起きたときに補償される条件

今回は「死亡」という極端な事例を紹介しましたが、死亡まではいかなくても治験薬での副作用が気になるよという方もいるのではないでしょうか?

もし、治験薬が原因で万が一副作用が発生してしまった場合でも、しっかりと補償される仕組みが整っています。

詳細は、治験で副作用が出た時の補償について分かりやすく解説!でも解説していますが、大まかな補償の種類と概要は以下の通り。

補償の種類
医療費
入院時、通院時問わず支給対象になる。健康被害の治療にかかった費用をメーカーが負担するという補償。
医療手当
入院時に支給対象となる(入院が必要で通院の選択をした場合も含む)。
補償金
補償金には4種類ある。一定以上の障害が残ってしまった場合、被験者が死亡してしまった場合、働けなくなってしまった場合、18歳未満の子どもに一定以上の障害が残ってしまった場合などが該当します。

まとめ

いざ治験に参加をしようと思うと色々なことが気になってしまうかと思います。

特に「治験で死亡」のようなニュース等を見るとビックリされてしまう方も多いかと思いますが、健康成人を対象にした治験では世界的に見ても非常に稀で、交通事故で死亡する確率よりもずっとずっと低い確率になります。

なので、ネット上で過度に「治験バイトで死亡とかやばすぎる」という意見を鵜呑みにし過ぎないようにして下さいね!

治験に参加される際は是非正しい知識を持って安全に参加しましょう!