サスメド社はブロックチェーン技術を応用して効率的かつ信頼性が高いモニタリング手法を確立するために東京医科歯科大学と共同研究をしていましたが、ついにその研究成果が報告されました。
今回は研究成果の解説とそれがどの程度治験業界にインパクトがあることなのかを解説していきたいと思います。
治験業界でかれこれ10年以上働いています。Twitterでのフォロワー数は4,500人程。今回も分かりやすさを重視して解説をしていきます!
まずは基礎知識のおさらい
本記事を読んでいるのは治験界隈の方が多いと思いますが、一部一般の方も読まれていると思おうので本記事を読むうえで最低限必要な基礎知識のおさらいからお話をしていきます。
詳細な説明は、新規上場のサスメドについて治験の観点から評判や仕組みをまとめてみたの記事で紹介をしているのでこの記事ではサラッと書いていきます。
治験界隈のプロの方々は読み飛ばしちゃって下さいね!
そもそもモニタリングとは?
医薬品を販売するためには、臨床試験で有効性と安全性を確かめる必要があります。この臨床試験のことを「治験」と言います。
治験は医療機関で行われますが、製薬会社などのメーカーが決めた治験実施計画書(プロトコール)に定められた手順やGCP省令という決まりを守ってデータが集められていきます。
医療機関で治験のデータが集まって、製薬会社などの人たちがデータを回収するわけですが、何も考えずに「ありがとうございました!」とデータをもらうわけではありません。
そうです、データは「しっかりとした手順で集められたデータであるか」というのがとても重要だからですね。
極端なお話ですが、例えば、糖尿病の患者さんが対象の治験なのに糖尿病ではない患者さんのデータが収集されていたらそれはデータとしては使えませんよね?
なので、製薬会社側の人たちはデータを回収する時には「しっかりと手順やルールを守って集められたデータか」を確認(モニタリング)するのです。
そのため、新しい薬ができるまでの背景には数多くのモニタリングが行われているということですね。
●治験でデータを収集する時にはモニタリングが行われるため、日々多くのモニタリングが行われている。
医薬品開発をする上での課題
このようにモニタリングは日々行われているのですが、実はこのモニタリングは日本の医薬品開発の課題を考える上で重要なポイントとなります。
日本では、ニュースでも取り上げられているように薬価の毎年改定があり製薬業界にとっては苦しい状況と言えるでしょう。
日本の市場の魅力が低下すれば、外資系製薬会社を中心に日本での医薬品開発が鈍化してしまい、ドラッグラグ/ドラッグロスの問題が再燃してきてしまいます。
ではどうするか…?
その答えの1つが、「開発コストの削減」です。
モニタリングを行なうためにはモニタリングを行なう人(「CRA」や「モニター」と呼ばれています)が必要で、モニタリングコストというのは治験関連の費用の中でも大きな割合を占めています。
つまり、モニタリングコストが削減できれば開発コストの削減に繋がるため、ここをどうにかできないかと開発されたのが、サスメド社のブロックチェーン技術を応用したモニタリング手法になります。
●そのため、開発コストの削減が急務となっている。
●開発コストの削減の解決策として、サスメド社のブロックチェーン技術を応用したモニタリング手法が考案された。
ブロックチェーン技術を応用したモニタリング
「ブロックチェーン技術を応用したモニタリング」とは書きましたが、サスメド社の手法をより分かりやすく表現すると「モニタリングをしなければいけない箇所を大幅に削減する手法」となるかと思います。
今までは人が目視で確認していた箇所を、ブロックチェーンを使って目視で確認する必要が無くなるというイメージですかね。
ただ、実際には全てをブロックチェーンで完結できるわけではなくこれからもモニター(CRA)によるモニタリングが必要であることには変わりないのですけどね。
とはいえ、ブロックチェーン技術を応用したモニタリング手法が浸透すれば開発コストの削減に繋がっていくと思います。
ブロックチェーン技術を応用したモニタリング手法が浸透すれば…ですけどね。
●ただ、モニタリングを0にすることはできない。
ブロックチェーン技術を応用したモニタリング手法が浸透するには
ブロックチェーン技術を応用したモニタリング手法が浸透するためにはいくつかのハードルがあると考えています。
レギュレーション上の問題
こちらについては、厚生労働大臣及び経済産業大臣から「法令上、医薬品や医療機器等の臨床試験で求められるモニタリングを、サスメドが保有しているブロックチェーン技術により代替することは認められる」との通知が出されているのでクリアしています。
受け入れ側の医療機関の問題
ブロックチェーン技術を応用したモニタリング手法は、製薬会社側が「使いたいです!」と言えば、ほいほい使えるというものではないのですね。
治験が行われるのは医療機関ですので、医療機関側がOKを出さなければいけないわけです。
医療機関側が受け入れるためには、医療機関内での運用の整備なども必要になることから手間もかかるため、受け入れを渋る医療機関も多いだろうと推測しています。
この辺りはサスメド社の営業の腕の見せ所なのかもしれませんね。
つまり、製薬会社側で「導入したい!」と思っても、医療機関側が受け入れないとダメなのでその辺りの環境整備が必要と言えます。
有効性や信頼性の問題
そして、何よりもここですかね。
ブロックチェーン技術を応用したモニタリング手法で本当に開発コストの削減に繋がるのか、エラーなどが起きて治験のデータが収集できないというトラブルは起こらないかという部分です。
製薬会社側としては、この手法を取り入れたことによってトラブルで治験のデータが収集できなかったとなると大きな損失に繋がるおそれもあります。
そのため、「導入しても大丈夫だ」と思えるようなエビデンスが必要なのです。
そして、今回の東京医科歯科大学との共同研究こそがそのエビデンスを示すデータとなるのでここからは共同研究の結果がどのようなものであったのか覗いていきたいと思います。
東京医科歯科大学との共同研究の結果と解説
それでは、まずはざっくりと成果の概要から見ていきましょう。
AMEDで報告されている成果の概要からの抜粋となります。
モニターの所要時間は、従来法で中央値40.5分に対しブロックチェーン法で中央値21.9分と短縮され、ブロックチェーン法では紙ワークシートやアンケートとの照合作業が不要であったことが反映された。またクエリ数については、従来法では中央値7.5個に対し、ブロックチェーン法で4.0個と減少傾向を認めた。
CRC・医師の所要時間についても、従来法で中央値100.6分に対しブロックチェーン法で中央値68.4分と短縮され、ブロックチェーン法では多数の紙ワークシートやアンケートの事前準備、ならびに事後のEDCへの入力が不要であったことが反映された。
概要なのでかなりざっくりとしていますが、何となく「効果はあったのかな?」という印象ですね。
表にまとめると以下のような感じになります。
従来法 (中央値) |
ブロックチェーン法 (中央値) |
|
モニター所要時間 | 40.5分 | 21.9分 |
クエリ数 | 7.5個 | 4.0個 |
CRC・医師の所要時間 | 100.6分 | 68.4分 |
従来法 (中央値) |
ブロックチェーン法 (中央値) |
|
モニター所要時間 | 40.5分 | 21.9分 |
クエリ数 | 7.5個 | 4.0個 |
CRC・医師の 所要時間 |
100.6分 | 68.4分 |
このままだと私もイメージがしにくいので少し掘り下げながら見ていきたいと思います。
背景情報
今回の検証は、企業治験ではなく特定臨床研究で行われているため、そのままダイレクトに企業治験でも同様と考えるのは難しいでしょう。
特定臨床研究もGCP準拠のモニタリングが必要なので近くはありますが、やはり企業治験と比較すると求められる精度や確認項目の数などの条件が異なります。
そのため、参考情報としてデータを見ていく方が良いかと感じました。
ちなみに、企業治験ではアキュリスファーマの試験で効果検証がされているため、そちらの結果も待ち遠しい限りです。
モニター所要時間
AMEDに掲載されている情報ではこの「モニター所要時間」の定義まで記載されていなかったため、正確には何を指すかは分かりませんが、文脈から大まかに「施設でのモニタリングに要した時間」と推測することができます。
検証された試験では、WS-EDCとの照合や被験者日誌-EDCとの照合があったようですが、ブロックチェーン技術の使用により原資料とEDCの照合が不要となったため、モニタリングの所要時間が約半分となったというのが結論ですね。
この結果からこの試験では、「原資料とEDCの照合(SDV)に費やしている時間はモニタリング時間の約半分を占めていた」ということも分かるかと思います。
製薬会社側の視点で考えると、モニターのモニタリング時間の作業配分を考えた時に、SDVに割く割合が多ければ多いほど、この技術の恩恵を受けるということになります。
欲を言えば、SDVをした資料の属性の内訳があるとより有効性が検証できるので、そのようなデータがあれば嬉しいところですね。
クエリ数
クエリ数も従来法よりも減っているという結果でした。
クエリ数が少ないということは、それだけクエリ対応に費やす時間が削減できるわけなので、CRC・医師の負担軽減費繋がっていると考えられます。
ただ、このクエリについてもDMが手動で発出するマニュアルクエリのことなのか、それともシステムで自動発出されるシステムクエリのことを指すのかが分かりませんでした。
もし、マニュアルクエリの数の削減に繋がっているのであれば、モニタリングのみならずDMコストの削減にも繋がるところなので、その辺りも気になるところですよね。
また、できることならどのような類のクエリが減少していたのかも気になるところです。
おそらくは、ブロックチェーンを使うことで転記が無いため、転記ミスなどによって発生するシステムクエリの数が減っているものと推察しますが、マニュアルクエリも減っていたら興味深いですね。
CRC・医師の所要時間
CRC・医師の所要時間についても約3割程度削減されたようです。
考察では、「ブロックチェーン法では多数の紙ワークシートやアンケートの事前準備、ならびに事後のEDCへの入力が不要あったことが反映された。」とされていますが、こちらについてはまさにその通りでしょうね。
データとしては出ていませんでしたが、クエリ数が少なかったことから、おそらくモニターからのFB事項も少なかったと推測できますね。
この報告では、単純な作業時間の短縮だけが示されていますが、個人的にはこの結果にはもっと大きな意味があると思っています。
現場で対応されている方であればイメージできるかと思いますが、モニターからのFB事項が少ないということは先生にWS等を修正してもらう量も減っているということです。
日々の業務で多忙な先生を捕まえてWSを修正してもらうのもCRCさんからしたら一苦労ですし、先生がなかなか捕まらなくてEDCの入力が遅れてしまうことだってあります。
EDCの入力遅延は中間解析に影響を及ぼしたり、データの質自体も下げかねないのでなるべく改善していきたい課題ですしね。
なので、データの裏側にあるであろう「モニターからのFB数が減った」ということは大きな意味を成すと考えています。
まとめ
今回はサスメド社のブロックチェーン技術を応用したモニタリング手法の研究報告について考えていきました。
この手法については、既に治験業界の方は知っていた方も多いと思いますが、「どれだけの効果があるか」という点についてはよく分かっていないところでした。
しかし、今回の研究結果の報告から、依頼者側のみならず施設側の作業工数もしっかりとどの程度削減されているか分かったことでまた一歩前進したのではないでしょうか。
AMEDには掲載していない情報もあるかもしれないので、今後の更なる報告を楽しみに待ちたいと思います。
“【解説】サスメドのブロックチェーン技術を応用したモニタリングの結果がついに発表” への2件のフィードバック