【日本初】KISEKI trialから学ぶ臨床試験への患者参画

最近では、医薬品開発への患者さん参画がICH E8(R1)にも明記されたことで浸透が広がってきました。

とはいえ、医薬品開発に患者さんの意見を反映するとしても限定的な場面となってしまうこともしばしば。

そのような中、2020年に日本初となる患者提案型医師主導治験・KISEKI trialが行われ注目を集めました。

KISEKI trialは私たち製薬メーカー側の人間として学ぶべきことがたくさんある素晴らしいプロジェクトですので、今回はこのKISEKI trialについてご紹介をしていきます。

のりすのりす

治験業界でかれこれ10年以上働いています。Twitterもやっています。今回も業界の方以外でも分かりやすいように解説をしていきます

KISEKI trialとは

KISEKI trial_logo出典:肺がん患者の会ワンステップHP

KISEKI trialは、日本肺がん患者連絡会の理事長であり、自らも肺がん患者である長谷川一男さんからWJOG理事長の中川和彦 先生(近畿大)へ提案された日本で初となる「患者提案型医師主導治験」です。

概要は以下の通り。

課題名 第1・2世代EGFR-TKI治療後、脳転移単独増悪(T790M変異陰性/不明)もしくは第1・2世代EGFR-TKI 治療およびプラチナ治療後Systemic PD(T790M変異陰性)を示したEGFR変異陽性非小細胞肺癌患者に対するオシメルチニブを用いた第Ⅱ相試験
開発コード WJOG12819L
対象疾患 非小細胞肺癌
目的 T790M 変異陰性または不明の EGFR 変異陽性非小細胞肺癌患者に対するオシメルチニブの有効性を、2 つのコホート(コホート 1:脳転移単独増悪(T790M 変異陰性/不明)を認めた非小細胞肺癌患者、コホート 2:T790M 変異陰性非小細胞肺癌患者)で検討する。
治験期間 2020年8月1日~ 2024年7月31日
治験調整医師 中川 和彦 先生(近畿大)
試験運営費用 アストラゼネカ株式会社

通常治験は、企業や医師が発案をして進められますが、患者会からの提案によってプロジェクトが動き始めた日本では稀な治験として注目を集めています。

米国では患者会が大きな資金力を持っていたり発言力も強いため患者提案型の治験は多く実施されている一方で、日本では患者提案型の治験は全く普及していない状況であるためKISEKI trialは日本にとっても患者参画の大きな前進であると言えます。

のりすのりす

あとで説明をしますが、治験を実施するということは運用面でも費用面でも物凄くハードルが高いです。しかし、それを越えてきた…これは「奇跡的」と言って良いほど凄すぎることなんですよね!

また、このプロジェクトの凄いところは、ただ提案しただけではなくて患者会側で5,445,804円の寄付を集めたところです。

500万円も集めるのにどれだけ苦労したことか…本当に頭が上がりませんね。

KISEKI trial始動の背景

きっかけは、2018年8月21日にアストラゼネカのタグリッソ®(オシメルチニブ)の適応拡大のニュースを聞いたことであったとのこと。

タグリッソは、2016年3月に第3世代不可逆的EGFR阻害剤として「EGFRチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)に抵抗性のEGFR T790M変異陽性の手術不能又は再発非小細胞肺癌」の適応を日本で取得していました。

今までは、EGFR遺伝子変異陽性非小細胞肺がんの2次治療として使用されてきたわけですが、適応拡大によって1次治療にも使えるようになったのでタグリッソによって救われる患者さんが増えたのですが…

これ、よく考えると実は一部の患者さんは対象外になっているのですね。表で見てみると↓のような感じです。

EGFR T790M
陽性 陰性
一次治療
使用可

使用可
二次治療
使用可
×
使用不可
EGFR T790M
陽性 陰性
一次治療
使用可

使用可
二次治療
使用可
×
使用不可

二次治療では使用不可ということは適応拡大したとしても、既に一次治療をスタートしている方はこのタグリッソは使えないということを意味しています。

タグリッソは、2018年に適応拡大される際に実施された治験で無増悪生存期間(PFS)の中央値は18.9カ月であり、イレッサやタルセバとの比較でも統計学的かつ臨床的に有意な改善が示されていました。

つまり、今までの一次治療よりも効果が高いということですね。安全性に関しても大きな懸念は示されませんでした。

そのため、EGFR遺伝子変異陽性の患者さんに対してはタグリッソ(オシメルチニブ)での治療は肺癌診療ガイドラインでも強く推奨されているわけですが、先ほども触れましたが、既に一次治療をスタートしている方には使えないのです。

みなさんが患者さんだったらどう思いますか?

「置き去り」

長谷川さんも瞬時にそのように感じたとお話されています。

そして、患者会でお金を出せば何とかできるのかそう考えたのですよね。

この想いを日本肺がん患者連絡会の長谷川さんが認定特定非営利活動法人西日本がん研究機構(WJOG)の理事長の中川和彦先生(近畿大)に伝え、中川先生からアストラゼネカに働きかけ、メディカルアフェアーズ(MA)や開発部門から支援の合意に至ったのですよね。

また、しっかりとPMDAの事前相談や対面助言にも対応する一方で、患者会側はPMDAの対面助言費用である478万円を寄付金(544万円)でしっかりと集めているという驚き。

今回の場合は「既に一次治療をスタートしている患者さん」には使えないのですが、適応拡大以降に非小細胞肺がんの治療をスタートする方はファーストライン(一次治療)から使えるので、将来的には「タグリッソを使いたくても使えない」という患者さんは減ってくることになります。

私も医薬品開発戦略に関わっているため、売上が見込めない(先細りになる)と想定できる開発に投資の判断をするというのは極めて難しいと想像できます。HQ(ヘッドクォーター:本社)からの納得も得られない可能性が非常に高いでしょう。

それでもこのKISEKI trialは、アストラゼネカのHQを納得させた。これは本当に奇跡と言って良いほど凄いことだと感じました。

のりすのりす

患者さん側、先生側の双方に強い意志、行動力、交渉力があったからこそ成し遂げられたのかもしれませんね。心から尊敬します!

ちなみに、KISEKI trialは「奇跡」と「軌跡」の2つの意味を持っているとのことです。

ここで起きた奇跡をただここで終わらせてしまうのではなく、軌跡として残して今後に繋げていきたいという思いが込められているようです。

この想いのバトンを繋ぐのに私たち製薬メーカーの臨床開発職は非常に大きな鍵となるので、心に刻んでおきたいですね。

KISEKI trialの試験結果

KISEKI trialは、コホート1とコホート2がありますが、2022年12月1日~3日に開催された第63回日本肺癌学会学術集会においてコホート2の結果が発表されました。

結果の概要は以下の通りです。

主要評価項目

奏効割合:29.1%(95%信頼区間:17.6-42.9)
→期待奏効割合25%を達成!

【内訳】
完全奏効(CR)=0(0%)
部分奏効(PR)=16(29.1%)
安定(SD)=16(29.1%)
進行(PD)=18(32.7%)
評価不能(NE)=5(9.1%)
副次評価項目
病勢コントロール率:58.2%(95%CI:44.1-71.3)
無増悪生存期間(PFS)の中央値:4.07ヶ月(95%CI:2.10-4.30)
全生存期間の中央値:13.73ヶ月(95%CI:8.51-未到達)
安全性

既存の臨床試験で確認されている有害事象とは変わらず、治験関連死亡(TRAE)も確認されなかった。

主要評価項目である「奏効割合」が期待奏効割合を越えていますし、安全性についての特段の懸念も無くポジティブな結果だったようですね。

コホート1(脳転移単独増悪)はまだ継続中ですが、適応拡大にも繋がるであろう素晴らしい結果で今後が楽しみです。

KISEKI trialから学ぶ臨床試験への患者参画

KISEKI trialから学ぶ臨床試験への患者参画

KISEKI trialは患者提案型医師主導治験ということで注目を浴びていますが、実は少し違った視点からも臨床開発職の方々に考えて欲しいと思い今回の記事を書きました。

昨今の開発の現場では、ICH E8(R1)にもPatient Centricityについて明記され徐々に患者さんの臨床試験への参画の重要性が認識されている一方で、実際の導入となると限定的に留まっている印象を受けます。

もう少し具体的に言えば、「同意説明文書を患者さんにもレビューしてもらう」、「治験の結果の開示を行う」、「来院頻度や運用上の見直しに患者さんの声を反映する」というのはチラホラ聞きますが、KISEKI trialの運営を見てより患者さん目線の取り組みをされていると強く感じました。

患者さんから提案された治験だけあって、「患者さんだったらこうして欲しい」という視点がとてもクリアで私たち製薬メーカー側の人たちにとってもすごく勉強になるものばかりで新しい発見もあるかもしれません。

是非紹介させて下さい!

「みんなで参加している」という雰囲気がある

KISEKI trial_集合写真出典:https://www.lung-onestep.com/blank-76

KISEKI trialは治験が始まる前から患者さんの前で治験の説明やどのようなフローで薬事承認がされて実際に使えるようになるのかをNPO法人肺がん患者の会ワンステップのHP上などでしっかりと説明しています。

集合写真の様子を見ても患者さんたちの一体感を感じることができますよね。

こちらのページではKISEKI trialの説明も文章だけではなく動画を公開されていたりと、伝え方の工夫もとても勉強になりました。

製薬メーカー側で治験をやる時にもその試験専用のHPを作成したり被験者さんが交流できるようなプラットフォーム(例えば、メタバースを活用して全国の患者さんが交流できる場を提供するなど)を整備するのも面白そうですよね。

もし私が被験者さんの立場だったとしたら、同じような境遇で治験に参加して一緒に頑張っている方々と繋がれたらやっぱり心強い。

臨床開発の方だったら経験があるかもしれませんが、全ての治験が被験者さんにとって明確なメリットが示せるわけではなくて、中には「この治験に参加して被験者さんに示せるメリットってほぼ無いよなぁ…」と思う試験もありませんか?

そのような試験は尚更、私が少し上で話したような「同じ病気で闘っている被験者さん同士の交流コミュニティーを提供できます」というのも効果があるのではないかなと思うのです。

ただ漠然と「将来の患者さんのために」と言葉で言われても正直実感を持てない方も多いと思いますが、同じ治験に参加している方の考えに触れることで良い意味での刺激にもなるのかなと考えています。

そういう治験の在り方も良いのかなと。みなさんは、いかがでしょうか?

透明性が非常に高い

肺がん患者の会ワンステップのHPやWJOGのHPでは治験の結果などについてももちろん情報共有がされています。

それだけではなく、こちらの記事では寄付金額の詳細やその使用用途、更には治験参加施設についてもしっかりと情報が開示されています。

どの施設で治験を実施しているのかという情報は一部を公開することはあっても全施設を公開することは比較的珍しいのですよね。

治験募集サイトを見てみても、「大阪」、「東京」、「北海道」など大まかな地域は書いてあってもどこの施設かまで明記している案内はほぼ見当たらないはず。

しかし、患者さん側からしたら具体的にどの施設で治験をやっているのかというのは知りたいところですよね。

私が言うのも変かもしれませんが、治験の情報というのは結構クローズドなことが多くて、時々「そこまで非公開にする必要ある?」と思うこともあったりします。

もちろん非公開にする理由も分かるのですが、開示できる情報についてはなるべく開示をしていく必要があると感じています。

非公開情報が多すぎると、「治験って怪しいのでは…?」、「治験なんて参加して本当に大丈夫…?」というあらぬ方向に向かって行ってしまうのかなと。

せっかくPatient Centricityも普及しだしていることですし、治験のイメージアップを更に図る過渡期に差し掛かっているのではないでしょうか。

のりすのりす

治験のイメージアップの啓発はこれからは自分たちでやっていかなきゃ!ちけん君に「あとは私たちに任せろ!」って約束したからね!(←のりすが勝手に約束した)

独自に交通費助成もしている

KISEKI trial_交通費助成出典:NPO法人肺がん患者の会ワンステップHP

この記事を見ている臨床開発職の医師主導治験を経験したことが無い方は、「交通費(負担軽減費)を払うのは普通では?」と思うかもしれませんが、医師主導治験の場合は限られた研究費での治験実施となるためIRBで承認されれば負担軽減費を支払わないこともあります。

企業治験では、1Visitあたり7,000円や10,000円の負担軽減費を支払うのは当たり前のように感じても医師主導治験ではそうではないのですよね。

それでも、治験に望みを掛けている患者さんは遠方から高額の交通費をかけて通院される方もいらっしゃいます。

治験に参加するだけでも負担なのに交通費の負担までのしかかってくる。患者さんにとっては金銭的な負担も大きいのです。

その負担を軽減すべく患者会ではこの治験への寄付金を財源に交通費助成も行っていたのですね。

ここで考えてもらいのは、「患者さんにとって何が負担になるのか」ということ。まさにPatient Centricityです。

ここでは交通費を助成で負担軽減しましたが、DCTの導入でも金銭的負担を軽減することができますよね?

DCTの導入は来院頻度を減らすことで、「通院という肉体的・精神的負担を軽減できる」ことにスポットを当てられることが多いのですが、このように金銭的にも実は患者さんの負担を軽減できるということです。

まとめ

KISEKI trialは、「医師主導治験の中の新しいカテゴリー」的な立ち位置になりますが、今後、患者団体が企業に対してアプローチしていく「患者提案型企業治験」も普及していけば「Patient and Public Involvement(PPI):患者・市民参画」の完成形に近づいていくのかなと想像しています。

治験の種類

ただ、現在の日本では薬価の毎年改訂などで製薬メーカー各社が苦しい状況に立たされている現状があり、「挑戦したくてもしにくい状態」になってしまっているのも事実です。

薬価改定の副作用はこのような大切な場面にも影響を及ぼしているのですよね(国に届け!私の想い!!)

患者提案型の治験を更に普及させるためには、「挑戦しやすい状態」を作り出していくことが重要であり、政府からの後押しも必要です。

「薬価改定を何とかしろ」とかでなくても、例えば「患者参画の治験であれば優先的に承認審査します」とかでも効果あると思います。色々手はありますよ!

もちろん、私たちも患者さんたちと一緒に作り上げていく治験を目指して頑張っていかなきゃですけどね!

臨床開発界隈の同志のみなさん、患者のみなさま…共に頑張りましょう!