金銭的誘引は本当にNG?負担軽減費について考えてみる

治験に参加することで被験者に支払われる負担軽減費。治験の業界で働かれたことがあるCRCさんはCRAにはとても身近なワードですよね。

業界の常識として被験者さんを金銭で治験に誘引することはNGとされていますが、今回は「金銭的誘引は本当にNGなのか」について考えていきたいと思います。

のりすのりす

業界内の「当たり前」については、なかなか公の場では議論がしにくい。。このような話題こそブログやTwitterなどで議論してみるのも良いと思います!

負担軽減費とは

負担軽減費とは

プロの方々にとっては当たり前過ぎるかもしれませんが、当ブログは一般の方や経験が浅い方も読まれているためまずは負担軽減費について簡単にお話をさせていただきます。

負担軽減費とは、治験に参加することによって生じる様々な負担(金銭的負担、精神的負担や時間的拘束など)を軽減する目的で被験者に支払われる金銭のことを指します。

負担軽減費はかつては「治験協力費」と呼ばれていましたが、治験に協力することの対価(「報酬・謝礼」や「バイト代」のような意味合い)と捉えられかねないということで今では使用が推奨されていません。

実際には、古い名残が残っている施設の資料に登場したり、治験募集サイトなどでは使われているのが現状ですが…

さて、そんな負担軽減費ですが金額は治験の種類や医療機関によって異なります。

開発相 対象 負担軽減費の一例
第I相 主に健康成人 入院1泊につき20,000~30,000円が多い。
第II相 患者 1通院あたり7,000円 or 10,000円が多い。
第III相 患者

私たち業界の人間が新人研修で負担軽減費について習う時は、「交通費」や「軽食代」のように習いますが、さて1来院あたり7,000円という額について「交通費や軽食代にしては少し高いのでは?」と思った新人の方も多いかと思います。

その辺りのこともこの後の解説で分かってきます。

第I相の治験の負担軽減費

多くの第I相の治験は健康成人を対象にした試験になります。

「2泊×2回+通院1回」のような感じで募集され、負担軽減費は合計で13万円程に設定している案件を目にします。

一般的に「4日で13万円」と考えるととても高額のようですが、入院をするということは治験のために24時間拘束されていることになります。

この24時間拘束されているというのがポイントで、時間的拘束が24時間続いているのであればその時間的拘束について負担を軽減すべきなので負担が生じている時間は通院の治験よりも遥かに長いことになります。

こんな感じのイメージです。

入院と通院の拘束時間の違い

「4日で13万円」という金額についても少し考えてみると…

96時間で13万円なので、1時間あたりに直すと1,354円ですね。

東京の最低賃金は時給1,072円ですので、少し高い程度で実は法外に高い額ではありません。

治験で入院をしている時には、実際には時間的拘束以外にも「タバコが吸えない」、「お酒が飲めない」、「激しい運動が出来ない」など様々な精神的負担もあるのでそれらを加味してこの金額設定ということになっています。

負担軽減費は交通費や軽食代として支払われると習いますが、それ以外の様々な負担についても含んだ額になるので少し多めの額になっているのです。

よく「危ない薬を飲まされているからその対価で高額な謝礼が支払われている」と世間一般から勘違いされますが、それは誤った情報だということが分かりますね。

第II相・第III相の治験の負担軽減費

第II相と第III相の治験は患者さんを対象にした試験になります。

第II相と第III相の治験は、通院の試験も多く負担軽減費は1来院あたり7,000円(主に大きな病院など)か10,000円(主にクリニックなど)の施設が多いのですがなぜでしょうか?

実はこの7,000円という額は、新GCP施行後(1998年4月から全面施行)に治験実施の円滑化を目的に実施された「治験を円滑に推進するための検討会」の報告書で以下のような報告があったことに由来しています。

治験に参加することは、被験者にとって新しい治療を先んじて受ける機会を得る可能性があるという利点がある一方、治験薬の有効性及び安全性の観察のため、より多くの来院、検査等が必要となることから、時間的な拘束、交通費の負担増をはじめとして、治験参加に伴い、物心両面における種々の負担が発生することも否定し得ない。

○ 一部の実施医療機関においては、被験者の種々の負担を勘案し、当該治験に参加することにより生じた負担を軽減するため、一定の金銭が支給されている(注2)。また、同様の目的から、金銭以外のものとしてタクシーチケット、食券等が支給されている例もある。

注2:
例えば、一部の医療機関(約200施設)の現状をみると、外来における治験について、一来院当たり約3,000円から約10,000円(平均約7,000円)が支給されているとの報告がある。

そして、この報告書の結果を受けて、厚生労働省(当時、厚生省)から「受託研究費の算定要領の一部改正について(政医第196号)」が平成11年7月2日に発出され、負担軽減費について「当面、7,000円を標準とすること。」と通知されたのですよね。

長らくはこの通知に従って運用がされてきましたが、2022年7月には国立がん研究センター中央病院が昨今の物価高を背景に負担軽減費を7,000円→10,000円に変更するというアナウンス等も出てきました。参考>>治験費用の算定・請求方法の改訂について

負担軽減費の設定

ツイートでも少し触れましたが、このように負担軽減費の設定については状況に応じて柔軟に設定をする必要があり、今から20年以上も前に設定された運用をそのまま続けることは果たして妥当なのかを考える必要がありそうです。

ちなみに、1998年の消費税は5%でした。今は10%ですよね。

みんな大好き治験119でも負担軽減費の額は7,000円に限定されない見解が示されています。

また、これは推測ですがクリニックの負担軽減費は10,000円という施設も結構ありますが、この辺りはSMOの戦略で設定されたものなのかなと思っています(被験者の金銭的誘引のギリギリのラインを狙っている?)。

SMOとして支援している以上、症例が組み入れられなければSMOの利益にも繋がりませんからね。

実際はどうなんでしょうね。

負担軽減費の消費税は?

施設によって負担軽減費に消費税がかかる施設とかからない施設があります。

これは施設から依頼者に請求する際のお話なので被験者さん側からしたらどちらでも変わりません。

私の体感では、消費税がかからない施設が多い印象ですが、医療機関ごとの消費税の課税対象となるか否かの解釈に差があるようで、統一化されていないのが現状です。

少し話が逸れますが、このように施設によって消費税の有無の解釈が異なるというのも手続きの煩雑化を生み出してしまっていると思われるので、治験の費用について厚労省などから統一見解を出して方が良いのではないかと考えています。

負担軽減費で確定申告は必要?

負担軽減費を受け取ることで場合によっては課税対象になり、確定申告が必要になる場合があります。

確定申告が必要になるかどうかは状況によって以下のパターンに分かれます。

属性 確定申告が必要なパターン
扶養を受けている場合
(学生や主婦など)
アルバイト代と合わせて年間で103万円を超える場合は必要。

アルバイト代:80万円/年、負担軽減費:20万円/年 ⇒不要
アルバイト代:80万円/年、負担軽減費:30万円/年 ⇒必要

扶養を受けていない無職の場合 年間で48万円を超える場合は必要。
扶養を受けていない給与受給者の場合 会社から得た収入以外に合わせて年間で20万円を超える場合は必要。

副業収入:10万円/年、負担軽減費:5万円/年 ⇒不要
副業収入:10万円/年、負担軽減費:20万円/年 ⇒必要

年金受給者の場合 年金以外に合わせて年間で20万円を超える場合は必要。

副業収入:10万円/年、負担軽減費:5万円/年 ⇒不要
副業収入:10万円/年、負担軽減費:20万円/年 ⇒必要

生活保護受給者の負担軽減費については注意

生活保護を受給している場合、治験に参加することによって負担軽減費を受け取ると生活保護の受給対象がとなってしまう可能性があるので注意が必要です。

この辺りは治験に参加することで被験者さんの不利益になってしまう可能性があるので、地域の生活課に被験者さんが相談に行くことを促す方が無難でしょう(実際に相談に行ったかまでは確認することは無いと思いますが…)。

治験参加の金銭的誘引は本当にNGか?

治験参加の金銭的誘引は本当にNGか?

治験の業界の常識として、治験参加を金銭的に誘引する行為はタブーとなっています。

ですので、ブラックペアンに登場するCRCに愕然!日本臨床薬理学会もTBSに抗議の記事でも解説をした通り、”治験に参加をすれば負担軽減費300万円をあげるよ”というような行為には業界の皆さんが怒ったわけですね。

さすがにブラックペアンのようなやり方は行き過ぎだと思いますが、実際の状況を整理したうえで金銭的誘引について考えていきたいと思います。

そもそも治験参加の金銭的誘引とは?

負担軽減費の額など、治験に参加することで金銭的なメリットがあることを強調して治験の参加を促すことを指します。

ただ、「具体的にどの程度のことが金銭的誘引にあたるのか」となると、業界の方も知らない方が多い(研修でもあまり教えてもらえない)かと思いますので、少し解説をしていきます。

治験参加の金銭的誘引については、日本PRO協会の「治験の被験者募集に係わる情報提供自主ガイドライン」で以下のように規定されています。

治験の金銭的誘引について出典:治験の被験者募集に係わる情報提供自主ガイドライン

PRO協会のガイドラインですので、いわゆる治験募集サイトでの被験者募集にフォーカスされて規定が書かれています。

フォントサイズ、太字、赤字、お札を連想させる記号の使用や表現方法に至るまで結構厳しく規定されていることが分かりますね。

これだけ金銭的誘引が起こらないよう慎重に取り決めがあることが分かります。

ちなみに、製薬協から出されている「治験に係わる被験者募集のための情報提供要領」でも治験参加への金銭的誘引はNGであることが明記されています。

実際の状況はどうか?

業界としてはこれだけ頑張って治験参加への金銭的誘引が起こらないように注意をしているわけですが、実際はどうなのでしょうか。

私の主観にはなりますが、健康成人を対象とする第I相試験では顕著に「負担軽減費目当ての治験参加」が多く、患者を対象とする第II相/第III相では負担軽減費目当てよりも「より良い医療を受けたい」、「社会貢献になるならば!」という思いの方が多い印象を持っています。

第I相試験では、「4日で13万円」のようにその金額だけを見るとやはり高額である印象を持たれており、その証拠として世間では治験が「高額バイト」のような表現で使われていることがあるのだと思っています。

つまり、既に「お金目当てでの治験参加」は起こっているだろうということですね。

第I相の治験においては図らずして、金銭的な誘引が働いているだろうと考えています。

金銭的誘引が既に起こっているというなら…

日本は世界と比較すると保険制度の問題や医療機関の状況などから世界の治験と比較すると遅れを取ってしまっています。

特に症例リクルートメントの部分で後れを取ってしまっているので、業界としては何とかしなければいけないという状況です。

既に「お金目当てでの治験参加」は起こっているわけだし、海外に目を向けてみると国民皆保険ではない国(例えば米国)であれば、治験に参加することによる金銭的メリットは大きく、やはりそのメリットに惹かれて治験に参加している方も多いことが予測できる。

であれば…治験に協力をしてくれたということに対してしっかりと対価という形で負担軽減費を支払い金銭的な誘引をしても良いのではないかという考えが出てくるわけです。

金銭的誘引を公式に認めるのであれば、被験者のリクルートメントももっと促進されて治験が早く終わることで、より早く患者さんの元に薬を届けることが出来るのではないかという考えですね。

金銭的誘引による大きなリスク

しかしながら、金銭的誘引による大きなリスクが懸念されます。それが、「有害事象の未申告」です。

「治験バイトで死亡」は本当?プロが実例を分かりやすく解説の記事でも触れたエーザイのe2082の治験では、入院中に幻覚や幻聴があったにも関わらず被験者は入院時にその症状を申告していませんでした。

症状を申告したのは、治験が終了した直後になります。

では、なぜ入院中に症状を申告せず、治験が終了するまで我慢していたと思いますか?

実際のところはもちろん本人にしか分かりませんが、私がこの状況を見た時には”治験を途中で止めてしまうと負担軽減費が満額貰えなくなってしまうから”という理由があったのではないかと思いました。

金銭的誘引によって治験に参加した方にとっては、”負担軽減費が満額支払われない”という状況は死活問題だったのではないでしょうか。

このように金銭的誘引がある場合には、特に安全性情報について適切に情報が収集できないという大きな懸念点があると思われます。

被験者さんの安全性はもちろんのこと、将来この治験薬を服用する患者さんにとってもマイナスの影響があります。これは大きな問題ですよね。

では、やはり金銭的誘引はNGか?

金銭的誘引により被る影響(被験者さんの安全性、将来の患者さんへの影響)を考えると、やはり金銭的誘引は原則NGとなるかと思います。

あえて「原則」と書いていますが、その辺りは次の章でお話をしていきます。

今後の負担軽減費について

今後の負担軽減費について

「治験への金銭的誘引は本当にNGなのか」というテーマについては、公の場ではなかなか扱いにくいテーマですので、ブログやSNSを通しての議論も良いかと思います。

簡単にではありますが、私の考えをまとめさせていただきます。

健康成人対象の治験と患者対象の治験で分ける

先ほども述べましたが、健康成人として参加をしている被験者層と患者として参加をしている被験者層では治験に対する見方が異なっていると感じます。

健康成人と患者の治験に対する見方

○健康成人
治験参加の目的は、「金銭目的」の方が多い印象。

○患者
治験参加の目的は、「治療目的」又は「社会貢献」の方が多い印象。

この違いは負担軽減費の考え方が健康成人や患者で異なっていることに起因すると思っています。

例えば、健康成人が入院を伴う治験に参加をした場合は先ほど説明をした通り、24時間の拘束を伴うのでその負担が計算される一方で、患者が入院を伴う治験に参加した場合は治療の一環と捉えられ「1入退院あたり7,000円」のような負担軽減費の算出となり金額に大きな差が生じます。

大きな差があるものの、どちらを対象とした治験も「ボランティア」という位置付けにしているのにはさすがに無理がある気がしています。

健康成人を対象にする治験と患者を対象にする治験で分けて考えることを前提に以降お話をします。

入院を伴う試験の負担軽減費の算出基準(第I相)

通院の治験の場合は「7,000円×○来院」と算出方法は分かりやすいのですが、健康成人を対象とした入院の治験の場合、負担軽減費の算出根拠が非常に分かりにくいのが問題だと思っています。

算出根拠がよく分からず「4日で13万円」など出てこれば、「何か怪しいことされるのでは…」と心配されてしまうのも無理はないのではないでしょうか。

しばしば施設の費用算定の透明性については議論になっていますが、負担軽減費の算出基準についても被験者さんにもっと明示しても良いかと思います。

金銭的誘引とは少し違った論点にはなりますが、「負担軽減費の算出基準の透明化」も大切なテーマですよね。

治験中止時の負担軽減費

治験を途中で終了した場合、負担軽減費が満額支払われない…だから有害事象が発現したとしても我慢をしてしまう…このような状況は無くしていかなければいけません。

このような状況を無くすには、金銭的誘引にならないほど負担軽減費を下げれば良いのかもしれませんが、そう単純にはいきません。

「治験で生じる負担をしっかりと軽減すること」は倫理的にも重要であるからです。

負担軽減費は下げられないとなると、“治験を途中で終了した場合、負担軽減費が満額支払われない”という状況を改善していく必要があります。

しかし、これも単純にはいかない。

仮に「治験を途中で中止しても満額支払います」となると、今度は「有害事象の我慢」ではなく「有害事象の虚偽申告」が出てしまい、試験が成り立たなくなるおそれがあります。

この辺りをどのように解決していくのかの議論を進めることも負担軽減費関連の問題としては重要だと思います。

臨床的意義を示しにくい治験について

試験によっては、臨床的意義を示しにくい試験も存在します。これは、CRCさんやCRAであれば経験したことがある方もいるのではないでしょうか?

例えば、適応拡大の治験で承認済の用法用量を変更するような場合は、承認済の用法用量との非劣性試験が組まれることがありますが、このようなケースも該当します。

新薬などであれば臨床的意義を示しやすいのですが、適応拡大の場合などはなかなか難しいこともあります。

となると、被験者さんにとって治験に参加するメリットは特になく、「社会貢献」のみが参加意義となります。被験者さんも当然集まりにくいです。

治験に参加をすると様々な制限がされるわけですが、「社会貢献」だけで治験に協力をしてもらうのは見方によっては「やりがい搾取」と似た属性に捉えられてしまうことはないでしょうか?

このような臨床的意義を示しにくい試験については、インセンティブを付けて治験協力を促す(金銭的誘引になります)のもまた一案なのではないかと思います。

治験参加のインセンティブ

ただし、インセンティブとしてお金を積みすぎてしまうと、健康成人の治験での懸念である「副作用の未申告」が起こってしまうおそれもあります。

患者さんの場合は健康成人の時よりも更に深刻になる可能性があるので、ここは絶対にコントロールをしなければいけない。

ですので、負担軽減費にプラスするのはお金ではなく「税金の控除」や「現物支給(換金が出来ないもの)」などの方法で金銭による誘引をコントロールすることが求められるかと思います。

まとめ

今回は負担軽減費の基礎知識からそのあり方についてまとめていきました。

「治験参加の金銭的誘引」については、私は「部分的に賛成」という考えなのですが、今後の議論などで見解は変わるかもしれません。

「治験参加の金銭的誘引」のようなセンシティブな話題はなかなか公の場では扱いにくいですし、扱ったとして差し障りない範囲で議論が進まないこともあるかと思います。

しかし、何十年も前の考え方を引き継いでいるとそもそもの位置付けを忘れられてしまったり、「当たり前」に留まってしまい、この何十年の間で見えてきた問題点を見落としかねません。

所属などのわだかまりがなく良い意味で気軽に議論ができるブログやSNSが果たす役割も大きいのではないかと思っています。

是非みなさんのご意見もお聞かせください!日本のより良い医療のために向き合っていきたいですね!