エーザイのE2082の治験で死亡事故!?真相を詳しく解説してみた

2019年6月25日に、エーザイのE2082の治験で成人男性が治験薬投与後に死亡するという痛ましい事案が発生しました。

本記事では、エーザイのこの治験で一体何があったのかを私なりの解釈を交えながら分かりやすく解説していきます。

なお、本記事に記載している事実については、考えられる中で最も信憑性が高い情報と考えられる厚生労働省により公開されている報告書を主に参照しています。

死亡事案の概要

この事案は、2019年6月25日に大手製薬メーカーのエーザイ株式会社により抗てんかん薬として開発されていたE2082の国内第I相の治験に参加していた被験者が治験終了後に電柱から飛び降り死亡したというものです。

医薬品医療機器総合機構(以下、「PMDA」)の調査によると、被験者は20代の男性で、治験薬を服用終了後2日目に幻聴や幻視が現れ、5日目に異常行動で死亡しており、時間的経過から考え、異常行動と治験薬との因果関係は否定されないものの、製薬会社側にも医療機関側にも重大な過失は無かったとのことです。

被験者が死亡後には、警察による捜査も行われましたが、死因は電柱から飛び降りたことによる脳挫滅であり、退院後に他の薬物を使用した形跡は発見されず、覚せい剤や睡眠薬等の異常行動を誘発すると考えられる薬物も検出されませんでした。

なお、E2082の国内第Ⅰ相の治験は、平成29年11月より開始されており、現在は既に中止をしていますが、当該被験者以外については安全が確保されていることをエーザイが確認済であると報告しています。

初めてヒトに治験薬が投与される第I相試験での死亡例は極めて稀で2013年以降に国内では発生していないため、製薬業界においてもとても驚く出来事でした。

被験者が参加していたE2082の治験について

被験者が参加していた治験について、もう少し詳しく説明をしていきます。

色々と専門用語が出てきますが、なるべく分かりやすい言葉で説明をしていきたいと思います。

FIH試験とは

まず始めに今回の死亡した男性が参加していた「第I相の治験」について見ていきましょう。

医薬品が販売されるまでには、動物実験で有効性や安全性を調べた後にヒトでも有効性や安全性を調べる必要があります。

ヒトで有効性や安全性を調べることを「治験」と言いますが、治験は第I相~第III相の三段階に分かれています。

今回の治験は第Ⅰ相の治験ということで、初めてヒトに投与されるFIH試験(ファースト・イン・ヒューマン試験)と呼ばれるものになります。

ファースト・イン・ヒューマン試験とは

一般的に、第I相の治験では、健康成人男性を対象にすることが多く、世間一般で「治験のバイト」と呼ばれ、治験募集サイトなどで応募を募っているパターンが多い治験になります。治験は“バイト”ではなく、正確には“ボランティア”になります)

E2082は何故開発されたのか

今回の治験で使用されたのは、E2082という治験薬。

まだ世の中に出る前の薬なので、このような記号で呼ばれています。皆さんがよく知っているロキソニンも治験の段階では「CS-600」と呼ばれていました。

さて、このE2082はどのような薬なのかということについて触れておきましょう。

PMDA(医薬品医療機器総合機構)の報告書によると、E2082は以下のように説明されています。

E2082(以下、「本薬」)は、エーザイ株式会社により創製されたα-amino-3-hydroxy-5-methyl-4-isoxazolepropionicacid(以下、「AMPA」)型グルタミン酸受容体(以下、「AMPA受容体」)に対する非競合的な拮抗作用を有する薬剤であり、同様の作用機序を有する医薬品としてペランパネル水和物(以下、「ペランパネル」)が平成28年3月に本邦において抗てんかん薬として承認されている。

引用:独立行政法人医薬品医療機器総合機構「調査結果報告書(薬機発第1127020号)」

つまり、E2082は、抗てんかん薬としての有効性を期待して開発されていた治験薬ということです。

では、既に同じ作用の抗てんかん薬があるにも関わらず、なぜE2082を開発する必要があったのでしょうか?

その答えは、E2082がペランパネルと比較して同等の有効性があるが、副作用を抑えられるという期待があったからです。効果は今までと同じなのに、副作用が少ない薬が開発されれば患者さんにとってはプラスになりますよね。

簡単にどういうことか説明していきましょう。

E2082の作用機序

てんかん発作が起こる仕組み

AMPA受容体は、脳や脊椎(中枢神経系)に分布しています。

グルタミン酸がAMPA受容体に結合して、てんかん発作が起きてしまうということであれば、グルタミン酸がAMPA受容体に結合しないように、AMPA受容体にグルタミン酸より先に結合して邪魔をしてしまえばOKということです。

ただ、実際はもう少し複雑です。

てんかん発作時のAMPA受容体の状態

AMPA受容体には、開口状態と閉口状態の2つの状態があります。

てんかん発作が起きたときのAMPA受容体を詳しく見てみると、開口状態のAMPA受容体の割合が閉口状態のAMPA受容体の割合よりも多くなることが知られています。逆に定常状態では閉口状態のAMPA受容体の割合が増します。

つまり、開口状態のAMPA受容体のグルタミン酸との結合を阻害することが出来れば、てんかん発作を抑えることができ、閉口状態のAMPA受容体のグルタミン酸との結合を阻害してしまうと、副作用(運動障害や過剰な鎮静状態)を引き起してしまうということです。

AMPA受容体の開口状態と閉口状態の阻害

既に発売されているペランパネルは、開口状態のAMPA受容体よりも閉口状態のAMPA受容体に高い結合親和性がありました。(つまり、副作用も出てしまっていた)

一方、E2082は開口状態のAMPA受容体にはプランパネルと同様にしっかりと結合してグルタミン酸の結合を阻害するが、閉口状態のAMPA受容体にはペランパネルよりも結合親和性が低いため、ペランパネルと同程度にてんかん発作を抑え、ペランパネルよりも副作用を抑えられるといったことが期待されていた訳です。

被験者が異常行動を起こすまでの経過

被験者は、治験薬の投与を完了してから4日後に異常行動を起こして死亡してしまいました。異常行動を起こして死亡するまでの経過について報告書にも以下のようにまとめられています。

被験者が異常行動を起こすまでの経過

引用:独立行政法人医薬品医療機器総合機構「調査結果報告書(薬機発第1127020号)」

この経過によると、被験者は治験薬の投与期間中に眠気やめまい等の症状が現れ、投与終了2日目には幻聴や幻視などの症状が現れています。

その後、幻聴、幻視、不眠は続き、治験薬投与終了4日目の午前中に一度退院したものの、治験薬投与終了5日目に異常行動により死亡してしまいました。

治験中である、治験薬投与終了2日目に幻聴や幻視が現れていますが、被験者はその当時は症状を医師に申告することはありませんでした。

申告しなかった理由について被験者は「病院では様々な音が不快で、早く家に帰りたかったため、入院期間中には症状を訴えなかった」と説明したとのことです。

治験は、被験者から中止を申し出ればいつでも止めることができます。

色々な理由から中止を申し出るのにためらってしまったことかと思いますが、もし治験薬投与終了2日目の時点で中止をしていたら救われたかもしれないと思うと、いたたまれない気持ちです。

被験者が感じた幻聴や幻覚

被験者の死亡後には、自宅から被験者の手記が発見されています。

その手記には、被験者が感じた精神症状について以下のように記載されていました。

・治験薬の投与を受けるまではうつになったこともなく、精神症状はなかった。
・聞いたことのある音が脳内で複数重なり合う幻聴がある。
・他の形が漫画の一場面や絵画、キャラクターのロゴ等様々に見える。
・夜が来ても眠れない。体が眠っても意識が起きている感覚がある。
・次々と考えが浮かび上がり、思考が瞬時に入れ替わるなど頭が極めて冴える感覚がある。
・一方自分は支離滅裂であり、壊れている感覚がある。
・自分が障害者になってしまったと感じる。
・自分がなくなる恐怖がある。殺してほしい。
・この状態なら自殺する。

引用:独立行政法人医薬品医療機器総合機構「調査結果報告書(薬機発第1127020号)」

手記は、筆跡が乱れ、誤字も多くあったとのことからも混乱した様子が伝わるものであったと報告されています。

なお、E2082と同じくAMPA受容体に作用するぺランパネルでは、精神神経系の副作用である浮動性めまいや傾眠、その他に自殺企図について注意喚起されています。

そのことから、本被験者についても治験薬により精神神経系の副作用が発現し異常行動を起こした可能性が高いと思われます。

製薬会社と医療機関の責任

E2082の治験における製薬会社と医療機関の責任

今回の件は、警察の捜査からも分かる通り、異常行動による死亡はほぼ間違いなく治験が原因であると考えられます。

そうなると、製薬会社や医療機関の責任はあったのかということが注目されますが、そのあたりについてお話をしていきます。

本件は、製薬会社(エーザイ株式会社)と治験実施医療機関(医療法人相生会 墨田病院)へPMDAと厚生労働省が立入検査及び質問を行い調査されました。

立入検査では、被験者の自主的な再来院時における医療機関の対応は適切であったか、被験者への治験に関する説明及び同意取得は適切であったか、医療機関の治験実施体制が適切であったか、製薬会社の治験実施医療機関の選定等は適切であったかについて、医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令(GCP省令)上の対応が適切であったかなどが確認されました。

結果、製薬会社と医療機関にはGCP省令の規定からの重大な逸脱に該当する所見は認められなかったという報告結果でした。

ただし、今回は健康成人男性を対象にした治験での死亡事案ということで、重要な事案であることから、より配慮を要する事項として製薬会社と医療機関には以下のような提言がされました。

● 治験実施医療機関は、被験者Aの再来院時に速やかに精神科等の医師に診察を受けさせるのが適切であった。また、治験実施医療機関は、治験薬投与後の入院観察期間においても被験者をより詳しく観察し、記録を行うべきであった。

●治験実施医療機関は、被験者に対する同意説明時に、 自殺に関連するリスクを含む、治験薬の心身に与える影響について、より詳細な注意を書面で伝えると共に、心身の変調を感じたら速やかに申告するよう説明すべきであった。

●治験実施医療機関は、治験担当医師にとって専門外の有害事象を確認した際には、講じるべき措置をより慎重に判断すべきであった。

●治験依頼者は、治験薬のリスクを踏まえ、精神科医等による診察が可能な 実施体制が整った医療機関を選定するか、治験責任医師・分担医師に精神科医等を含めることが適切だった。また、有害事象が生じた際の家族等の関与も事前に検討するべきであった。

引用:独立行政法人医薬品医療機器総合機構「調査結果報告書(薬機発第1127020号)」

今回の死亡事案は、イギリスで起きたTGN1412事件やフランスで起きたレンヌ事件とは異なり製薬会社、医療機関双方に問題は無かったという結論で幕を閉じました。

医薬品開発の現場にいて私が思うこと

医薬品開発の現場にいて私が思うこと

開発の現場にいる身として今回の事案で思うところが色々とあります。

PMDAからの調査報告書を見る限り、確かに製薬会社と医療機関には大きな過失は無いと思います。しかしながら、第Ⅰ相の治験で今後ももっと検討しなければいけない課題も見つかったかと思います。

個人的に気になったのは、被験者が治験期間中に幻聴や幻視があったにも関わらず申告できなかった点です。

第Ⅰ相の治験は、治験募集サイトなどで募集をかけて被験者を集めることが比較的多くあるのですが、実際問題として治験参加時に貰える負担軽減費(世間一般では、“報酬”などと呼ばれていたりすることもあります)を目当てに参加する方もそれなりにいるだろうと予測できます。

そのため、治験中に体の不調を訴えた場合、治験を中止して負担軽減費を満額貰えないことになり、我慢をして無理矢理治験に参加し続けるという選択肢を選ぶ方もいるかと思います。

治験中に発現した副作用については、我慢をせずにすぐに申告をして処置をすれば問題無いものも多くあります。しかし、我慢をしてしまい申告しなかった場合、最悪取り返しがつかないことになってしまうことも考えられます。(今回の件がこれに該当するかは分かりませんが)

被験者が治験中に発現した不調について、気兼ねなく申告することができるような仕組み作りが第Ⅰ相の治験では特に求められていると感じた事案でした。

製薬会社側の立場として、今回のような事案が今後発生しないようしっかりと対策を考えていく責任があると思っています。

まとめ

今回は、健康成人男性を対象にした治験である第Ⅰ相の治験の死亡事案について説明していきました。

実は、第Ⅰ相の治験で死亡事案が発生するのは非常に稀なことなのですが、患者を対象にしている第Ⅱ相や第Ⅲ相の治験では死亡事案は珍しいものではありません。

というのも、第Ⅱ相、第Ⅲ相になると、対象が健康成人男性から患者になるため、例えば、抗がん剤の治験の場合、がん患者が治験に入るので、被験者が死亡することは珍しいことではないからです。

今後、治験での死亡事案についてニュースになることがあるかもしれませんが、そのときにはその治験が第Ⅰ相の治験なのか第Ⅱ、第Ⅲ相の治験なのかにも着目してみてください。

最後に、今回の治験で亡くなられた被験者様に心よりご冥福をお祈りいたします。