
現在は新型コロナウイルス感染症も第6波を迎えており、かつてない程の規模で感染が拡大しています。
それに比例して、新型コロナウイルス感染症の治療薬に関する治験の情報についてお問合せをいただくことが急増してきたことから、本記事で新型コロナウイルス治療薬の紹介と治験についての基礎的な解説をしていきたいと思います。
現在開発中の新型コロナウイルス治療薬
まずは、令和4年1月27日時点で開発中(治験中)の新型コロナウイルス治療薬について見てみましょう。
「細かいことは良いから治験参加方法のみ知りたい!」という方はこちらにジャンプをして下さい。
成分名(販売名) | 開発企業/病院 | 開発対象(開発相) |
ファビピラビル(アビガン錠) | 富士フイルム/富山化学 | 軽症~中等症Ⅰ(第Ⅲ相) |
ニルマトレルビル/リトナビル | ファイザー | 予防、軽症~中等症Ⅰ(第Ⅲ相) |
S-217622 | 塩野義製薬 | 無症候、軽症~中等症Ⅰ(第Ⅲ相) |
ネルフィナビル | 長崎大学病院 | 無症候、軽症(第Ⅱ相) |
イベルメクチン | 興和 | 軽症~中等症Ⅰ(第Ⅲ相) |
AZD7442 | アストラゼネカ | 予防、軽症~中等症Ⅰ(第Ⅲ相) |
厚生労働省「現在開発中の主な新型コロナウイルス治療薬」より作成
2022年2月1日時点で承認されている新型コロナウイルス治療薬の飲み薬は、MSD(メルクの日本法人)のモルヌピラビル(商品名:ラゲブリオ)のみです。
続いて、ファイザーの「PF-07321332/リトナビル錠」が日本で承認申請を行っており、問題が無ければ近々承認される見込みという状況で、承認されれば国内で2つ目の経口薬の新型コロナウイルス治療薬が誕生となります。
既に承認されているモルヌピラビルは、「重症化リスク因子を有する等、本剤の投与が必要と考えられる患者」への使用に限定されていたため、新型コロナウイルス感染症の全ての患者に使用できなかったので、ファイザーのリトナビルが承認されればより多くの方が治療薬を服用できるようになるのです!
ちなみに、「重症化リスク因子」については、厚生労働省が発出している「新型コロナウイルス感染症における経口抗ウイルス薬の医療機関及び薬局への配分について」にも情報が記載されているので、気になった方は覗いてみて下さい。
重症化リスク因子をいくつかピックアップしてみると「61歳以上」、「活動性の癌」、「肥満(BMI 30kg/m2 以上)」、「糖尿病」、「ダウン症」等があります。
無症候の患者さんが対象の新型コロナウイルス治療薬
数多くある新型コロナウイルス治療薬と開発中の候補の治療薬ですが、注目すべき点は無症候の患者さんが対象の治験があるということです。
塩野義製薬が開発している「S-217622」と長崎大学病院が医師主導治験をしている「ネルフィナビル」です。
そのうち、塩野義製薬の「S-217622」は対象が「無症候、軽症~中等症Ⅰ」とされており、広い範囲の患者層をカバーできるよう開発が進められています。
実際にこの範囲の適応が取れるかどうかは、治験の成績次第というところですが、現在は第I~第III相まである治験のうち、第III相まで到達をしているので、あと少しという段階まできています。
長崎大学病院のネルフィナビルの治験は現時点で募集が終了となっており、塩野義製薬の「S-217622」の薬事承認申請も2月中旬頃にはされるということです。
また、治験募集サイトを覗いてみると新型コロナウイルス感染症の予防を目的とした治験もあったため、それらはファイザーのリトナビルの治験であることが分かります(アストラゼネカのAZD7442の治験は既に終了)。
なお、厚生労働省のHPでは開発中の新型コロナ治療薬について随時情報を更新をしているのでそちらもご確認いただくと良いかと思います。
ファイザーの「ニルマトレルビル/リトナビル」の治験
ファイザーのリトナビルの治験のうち、「軽症~中等症Ⅰ」の適応については、既に治験が完了し、承認申請が出されています。
国際共同治験では、以下の結果が出たようです。
国際共同第2/3相EPIC-HR試験では、外来治療の対象となる重症化リスクの高いCOVID-19患者において本剤がプラセボと比較して入院または死亡のリスクを89%(症状発現から3日以内)および88%(症状発現から5日以内)減少させることが示されました。また、有害事象の発現割合は本剤(23%)とプラセボ(24%)と同程度であり、おおむね軽度でした。
ファイザー社プレスリリース(2022年1月14日)より
プラセボ群と比較して、入院または死亡リスクを大幅に減少させているという結果で有効性もさることながら、有害事象の発現割合もプラセボと比較して同程度ということで、安全性についても良好な結果が得られています。
有効性、安全性の両側面から個人的に最も注目しています!
ファイザーのニルマトレルビル/リトナビル(商品名:パキロビッドパック)は、「軽症~中等症Ⅰ」対象の治験は既に終了しましたが、それ以外にも「予防」の適応を取得するために治験が実施されており、そちらは現在も実施中になります(生活向上WEBでも募集を見かけました)。
また、こちらの治験も世界各国で実施されている治験で国際共同治験になります。(米国/インド/ブラジル/南アフリカ/プエルトリコ/スペイン/ハンガリー/ウクライナ/ポーランド/ブルガリア/オランダ/トルコ/メキシコ/アルゼンチン/コロンビア/ペルー/台湾/韓国/マレーシア/チェコ共和国/ロシア/タイ で治験を実施)
そこで、まずは予防を目的としたファイザーのニルマトレルビル/リトナビルの治験について簡単に触れていきたいと思います。
治験の目的
この治験では、「COVID-19患者の成人同居接触者を対象に、症候性SARS-CoV-2感染の予防としてのニルマトレルビル/リトナビルの有効性および安全性を評価すること」を目的に実施されています
家族に新型コロナウイルス感染症の患者がいるとやはり家庭内感染が心配ですので、この治験が成功して承認されれば安心できる方も増えるでしょうね!
治験のデザイン
ファイザーのニルマトレルビル/リトナビルの治験のデザインは「実薬とプラセボでしっかりと効果に違いがあるかを確認する治験。そして、自分が実薬を服用するグループになるか、それともプラセボを服用するグループになるかは先生を含めて誰も分からない治験ですよ」というデザインになります。
この治験では、「①第1日目~第5日目まで実薬を服用+第6日目~第10日目までプラセボを服用」、「②第1日目~第10日目まで実薬のみを服用」と「③第1日目~第10日目までプラセボのみを服用」のいずれかのパターンに振り分けられます(振り分けはランダムです)。
実薬とは、有効成分が入っている薬でプラセボとは実薬と見た目は同じですが、有効成分が入っていない乳糖やでんぷん等でできた物です。
つまり、有効成分が入った実薬の成績が有効成分が入っていないプラセボの成績よりも良いかどうかを確認するということですね。
「これではプラセボに当たった人は効かない薬を飲まされて最悪じゃないか!」と思われる方もいるかもしれません。
医薬品開発の世界でもプラセボは倫理面を配慮して可能な限り使用しない流れになっていますが、その場合は、既に承認されている類薬と比較する試験になります。
しかし、残念ながら新型コロナウイルス感染症の経口薬について、無症候性の患者さんにも効果がある薬は日本では承認されていないため、致し方なくプラセボを使わなければいけないということなのです。
もちろん、プラセボ群に当たったとしても症状についてはしっかりと診察してもらえたり、必要な検査もしっかりとされますので、その点は安心して問題なしです。
治験の対象
●治験に参加できる方
- 18歳以上の男女
- 治験で実施するSARS-CoV-2迅速抗原検査が陰性かつ無症状であり、同居の症候性SARS-CoV-2感染者のSARS-CoV-2陽性検査を実施してから96時間以内に無作為化(治験薬の割付)可能な方
- 治験期間中の避妊が可能な方
●治験に参加できない方
こちらも色々と規定があるのですが、簡潔にまとめると新型コロナウイルス感染症の症状が出ていないこと等が条件となります(この治験では「予防」の効果を検証するので、当たり前といえば当たり前なのですが)。
塩野義製薬の「S-217622」の治験
最近よくニュースでも取り上げられている塩野義製薬の「S-217622」ですが、日本以外でも韓国、シンガポール、ベトナムでも同時に治験が実施されている国際共同治験になります。
メルクのコロナ治療薬「ラゲブリオ」等は重症化リスクのある軽症~中等症の患者さんを対象としていましたが、塩野義製薬の「S-217622」は低リスクへの患者さんも対象としているところが特徴と言えます。
また、この治験は、Phase II aパートとPhase IIb/IIIパートと2つのパートに分かれていますが、そのうちのPhase IIaパートの試験結果が2022/2/7に発表されました。
有効性については、「抗ウイルス効果」、「臨床症状に及ぼす影響」そして「重症化抑制効果」を指標に評価され、COVID-19治療薬「S-217622」に関する説明会の資料によると、そのそれぞれにおいて良好な結果が得られたとのことです。
●ウイルス力価が陰性になるまでの時間の中央値を、プラセボに対して2日短縮した。
●S-217622投与により、COVID-19に特徴的な臨床症状の改善傾向が認められた。
●プラセボ群における重症化症例は2例存在したが、S-217622投与群ではいずれの群においても認められなかった。
安全性についても大きな懸念となる点は無かったとのことでした。
現在は、Phase IIbも完了したため、この結果次第では、PhaseII aの結果と合わせて承認申請に進む計画とのことです。
治験の目的
現在実施されている塩野義製薬の「S-217622」の治験は、①と②の2つのパートに分かれて実施されています。
まずはそれぞれのパートの目的について見ていきましょう。
①Phase II a
治験薬の効果を確かめる手段として「ウイルス力価」を測定して確かめる方法があります。
このパートでは、治験薬を5日間(1日1回)服用した後にどれくらい「ウイルス力価」が下がっているかを確かめます。
②Phase IIb/III
こちらも①と同様に治験薬の効果を確かめていきますが、①の方法以外で検証されます。
具体的には、治験薬を5日間(1日1回)服用した後の「COVID-19症状が回復するまでの時間」、「COVID-19症状が発症/悪化した被験者の割合」、「SARS-CoV-2 のウイルス力価陰性が最初に確認されるまでの時間」を調べて確かめます。
治験のデザイン
この治験は、「無作為化比較」、「二重盲検」、「プラセボ対照」、「並行群間比較」というデザインです。…何だか難しい用語ばかりですね。
要するに、「実薬とプラセボでしっかりと効果に違いがあるかを確認する治験。そして、自分が実薬を服用するグループになるか、それともプラセボを服用するグループになるかは先生を含めて誰も分からない治験ですよ」という意味になります。
Phase IIaパートでは以下のような流れとなっています。
「COVID-19治療薬「S-217622」に関する説明会」資料より抜粋
治験の対象
治験は、有効性を検証する目的よりもまずは被験者さんに安全に参加してもらうことを第一に考えています。
そのため、治験には誰でも参加できるわけではなく、安全に参加してもらうために色々と基準が設定されています。
そこで、塩野義製薬の「S-217622」の治験にはどのような方が参加できる/参加できないかを見ていきましょう。
なお、ここでは主な条件のみを紹介しています(「治験に参加したい!」という方は、治験参加の連絡をした際に丁寧に確認をしてくれるので、事前に全て把握しておかなくても大丈夫です)。
●治験に参加できる方
年齢制限は12歳以上70歳未満になります。
「軽症/中等症の患者さん」、「無症候の患者さん」、「無症候/軽度症状のみ有する患者さん」によって条件がそれぞれ決められています。
その中でも共通するのは、どの治験薬を服用するのか(実薬なのかプラセボなのか)が決まるタイミングから120時間以内にSARS-CoV-2陽性(新型コロナウイルス陽性)と診断されている必要があります。
つまり、新型コロナウイルスの検査で陽性が分かってからすぐに参加が必要な治験ということになります。
他にもCOVID-19の12症状(疲労感,筋肉又は体の痛み,頭痛,悪寒,熱っぽさ,鼻水又は鼻づまり,喉の痛み,咳,息切れ,吐き気,嘔吐,下痢)や14症状(疲労感,筋肉又は体の痛み,頭痛,悪寒,熱っぽさ,味覚異常,嗅覚異常,鼻水又は鼻づまり,喉の痛み,咳,息切れ,吐き気,嘔吐,下痢)についての規定もあります。
●治験に参加できない方
肺炎が強く疑われる患者さんや酸素投与や人工呼吸器が必要な患者さんは参加できない場合があるようです。
その他にも色々と条件はあるのですが、医学的な項目が多いため、治験参加を検討されている方は実際に治験参加時に先生に判断してもらうのが良いでしょう。
今後の治験の計画
「COVID-19治療薬「S-217622」に関する説明会」資料より抜粋
軽症~中等症が対象の治験については、2022/2/8にPhase IIbパートが完了となり、2022/2/9よりPhase IIIに移行しました。
無症候~軽症が対象の治験も同時に行っていますが、こちらは目標症例数にまだ達していないことから、Phase IIb/IIIの治験を引き続き継続して実施する計画になっています。
更に、海外当局との調整が付いた段階で海外での大規模国際共同治験(Phase III)がスタートする予定とのことで、今後更にS-217622の治験が本格化していくようですね。
治験に参加するためには
新型コロナウイルス治療薬の治験に限ったことではないのですが、治験に参加する場合には先生から紹介をされるか治験募集サイトから応募をする方法が一般的です。
最大手の治験募集サイトである生活向上WEBなどは非常に多くの案件を取り扱っており、新型コロナウイルス感染症治療薬やワクチンの治験も掲載されているのでおすすめです。
もちろん、登録料などは一切かからないのでご安心下さい。
治験参加時のお金と補償のお話
治験に関わるご質問で特に多いのがやはりお金のお話になります。
治験の世界では、お金で治験参加を誘引することは禁止されていますので、「治験に入れば沢山お金が貰えますよ!」とは言えませんが、仕組みについて知っておきたいという方も多いかと思います。
以下の記事の「治験参加でいくら貰える?」の見出しに治験に関わるお金のお話をまとめています。
気になる方は覗いてみて下さいね。
大雑把に要約すると、通院する度に交通費として7,000円~10,000円の負担軽減費が支払われるということと、治験期間中に実施する治験のための検査・画像診断料や治験薬のお金については製薬メーカーの負担となる(初診料などは被験者さん負担)等があります。
私は治験に関するお仕事をしていますが、治験について一般の方からはよく「治験に参加すると報酬はいくら貰えるの?」や「治験での謝礼金の相場は?」など、お金関連のお話をよく聞かれます。 今回は治験に関わるお金のお話をしていきたいと思います。
また、「治験に参加して万が一健康被害が生じてしまったらどうなってしまうの…」と不安な方もいるかもしれません。
下の記事には、治験が原因で健康被害が生じてしまった場合にどのような補償があるのかをまとめていますので気になる方がご覧下さい。
「治験に参加したい!」と思っていてもやはり副作用や副反応のことが心配で治験に参加をしてしまうのを躊躇されてしまう方もいるのではないでしょうか。 本記事では、治験に参加をして健康被害が出た時にどのような補償をしてもらえるのか、そしてどのようなことを注意しなければいけないのかをご紹介していきます。
まとめ
今回の記事を書いている間にもオミクロン株が蔓延し、東京都では緊急事態宣言が検討される段階にまでなってしまいました。
新型コロナウイルス感染症の新規患者も日に日に増加しており、それと比例してご家族の中に感染者が出てしまい、心配をされている方も多いかと思います。
製薬メーカー各社が世界中で治験を進め、無症候患者さんや軽症の患者さんにも使える薬や予防目的で使える薬の開発に奔走しています。
世界中の患者さんのために貢献できるのがまさに「治験」だと思います。
製薬メーカーのみではなく、治験に協力して下さる被験者さんがいなければ薬は完成しません。
笑いながら「新型コロナが大変だった時に治験に参加して自分も治療薬の開発に貢献したんだ!」と言える未来も素敵かもしれませんね。